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2011年3月14日 (月)

しばらくブログを閉じていました。
やっと、少しずつ前向きになれるようになってきたので、また少しずつ更新していけたらなと思っています。
 

3月14日に私の父が亡くなりました。享年58歳でした。
42歳の厄年で発症したリウマチと16年間、闘ってきました。


もともとは大工をしていた父。
いつもニコニコしていて、誰からも好かれ、とっても優しい自慢の父親でした。
リウマチが発症してからは、しばらく薬を飲みながらも、働いてくれていましたが、
最後の5年程は仕事もやめ、自宅で療養をしていました。

かなりきついステロイドも服用していた為、免疫は低下、炎症の為、具合の悪い日はベッドから起き上がれない日もあったんですが、決して「痛い、しんどい」など一言も愚痴を聞いた事はありませんでした。それでも、家族に心配をさせまいと頑張ってくれていた父でした。

去年の年末には、リウマチの影響からか心膜炎になるも、2週間くらいで退院し、自宅でお正月も迎えられました。

しかし、2月14日に今度は大腿骨の辺りに、膿がたまり、強烈な炎症と痛みで入院。
19日に手術をしたんですが、(麻酔)それが引き金になったのかはどうか分かりませんが、その後腸の働きが悪くなり、3月3日の夜に急変。
気管挿管され、人工呼吸器がとりつけられ、ベッドの周りにはモニターや機械だらけで、ものすごい点滴の数。

私も家族も毎日、病院へ足を運び少しでも元気になってもらえるよう、病室へ訪れていました。なので、急変した日も母親が数時間前まで一緒にいたのに、どうして・・・っと。
何が起こったのか全く理解出来ず、病院から連絡を受け走った時には、挿管され、変わり果てた父の姿がありました。

リウマチと一言に言っても、父の場合、悪性リウマチで4000人に数人の割合でしか悪性にならない病で、リウマチ+血管炎という、かなり深刻な病でした。

腸閉塞→腎臓機能低下に伴い、意識ももうろうとしていたけれど、医者から数回、今日、明日の命と言われるも、それから10日間も父親は頑張ってくれました。

その間、娘はと言うと、お友達に見てもらっていたり、義姉さん宅で面倒みてもらったりと、どれだけ色んな方に助けて頂いたか・・・感謝しても、感謝しきれません。

最後は家族全員で父の最期を看取れる事ができました。

四十九日もまだ終えてないんですが、悲しんでばかりいた私に父親が夢の中に2回も出てきて、たくさんのメッセージを残していってくれました。
そのお陰でかなり救われ、どれほど、気持が楽になったか・・・
そして、今は家族の支え、娘の支えがどれ程大きなものか。

親の存在はとっても大きなもので、これから、どれだけの時間がかかるか分からないけれど、少しずつ無理をせず、上を向いて歩いていきたいです。


最後に、今回の地震で、家族や大切な方を亡くされた方々に、
ご冥福をお祈り申し上げます。

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